映島巡さんの『小説NieR Automata 少年ヨルハ』を読みました。
先日の『小説NieR Automata 短イ話』と同じ、ゲーム『Nier Automata』の小説です。
なんでだかわからないんですけど、前回の『短イ話』の中にもあった『真珠湾降下作戦』、それの男性バージョンだと思っていました。
でも、また別の話でした。
別の話なんですけど、似ているというかなんというか。
…まぁ、読んでいて「わぁ、楽しい」という話ではないですね…。
いつもそうなんですけど、大体は敵と対戦しててピンチなのに加えて、味方のクーデター的なものが同時発生し、それで全滅する、みたいな流れが多いと思います。
今回も、まぁそうっちゃそうでした。
「女性型のヨルハ機体が大成功したから、男性型の機体も作ろう」という流れで開発された男性版ヨルハ部隊だったんですが、結局上層部の意向としてはただの『実験』に過ぎなかったわけです。
部隊の人たちは結局全滅、部隊の教官も死んでしまって…という流れでした。
いつも思うんですけど、こういう『実験』ってする必要あるんでしょうか…?
彼らはアンドロイドですし、もう人間は滅亡しているので(壮絶なネタバレ)いいのかも知れないけど…いや、やっぱりダメだと思うんですけど。
これが『人間』だったら、絶対に『非人道的な行い』という感じになるわけですし、この世界のアンドロイドにも感情があるという設定なんですよね。
もちろん、「感情を持つ事は禁止されている」ではありますけど。
アンドロイドとはいえ感情がある個体なんだから、実験なんてしちゃダメですよね…。
いくら現在緊急事態で戦闘中とはいえ、ねぇ。
今回の『九号』という機体が多分 9S くんと似た機体なんだと思うんですけど、『スキャナータイプ』ではなく『ヒーラータイプ』でした。
みんながつぎつぎとやられていく中、自分だけは「絶対に生き残らなければいけない」という使命を持つ、まー一番つらい立場だったわけですね。
男性の『二号』機体も登場したんですけど、まぁ…結局は『そういう役回り』なんですねー。
部外者からしてみれば、もう人類はいないわけなんだから(壮絶なネタバレ)、もういいんじゃないの? って思っちゃうんですけどね。
『人類に対する思慕の感情』というものが『根底に埋め込まれている』という設定が、とてもかわいそうです。
途中で現れた脱走アンドロイド兵のリーダーは、『商店街』の記憶を持っている、と書いてありました。
それって、いつの記憶になるんでしょうか?
『NieR Replicant』でニーアたちが生きていた時代よりも前の商店街、つまり今私達が生活している時代の商店街ってことですよね?
「軽トラ」とか…そういう単語が口から出てくるのがおもしろいですね。
まー、前回の『短イ話』のエミールも軽トラでしたけど。
相変わらずの世界観で、何と言うかやるせない気持ちになるあたりが共通していますね。
「おもしろい」という言葉で表現するのは微妙な感じではあります。
でも、妙に癖になる感覚なんだよなー、と。
困ったものです。
まだ『NieR Re[in]carnation』のノベライズは買っていないんですが、いつかは買おうかなと思っています。



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