ある行旅死亡人の物語

読んだ本

武田惇志さん、伊藤亜衣さんの『ある行旅死亡人の物語』を読みました。
武田さん、伊藤さんの本は初めてです。

『行旅死亡人』という聞き慣れない単語に惹かれて読みました。
『行旅死亡人』とは、病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引取人不明の死者を表す法律用語』とのこと。いわゆる『無縁仏』とほぼ同義でいいのかな?
行旅死亡人は官報に定期的に載るようで、検索してみると

公告
諸事項 行旅死亡人本籍・住所・氏名不詳、年齢推定◯歳代以上の女性、白骨化した頭蓋骨で下顎骨はなし、着衣及び所持品はなし
上記の者は、令和◯年◯月◯日午前◯時◯分◯県◯市◯区◯◯丁目南側の◯川流域内で発見されました。死後数年以上経過していると推定されており、死因は不明とされています。

官報検索 https://search.kanpoo.jp/

という形で掲載されるようです。

著者の武田さんがある行旅死亡人の記事を見て、興味を惹かれたことから話が始まります。
武田さんが発見した行旅死亡人記事には、とある75歳くらいの女性で、右手指すべて欠損していて、所持金が3400万円ある、という情報が載っていました。該当の保健福祉センターに電話をかけると「田中千津子さんの件ですね」といきなり言われたそうです。すでに名前が判明しているようでした。
担当の弁護士に連絡をしてみると、労災事故で右手指をなくしたこと、『沖宗』という広島にいる珍しい名字の印鑑を持っていること、労災事故のときの病院で「広島出身、三人姉妹」と話していたらしいことなどがわかりました。さらに、田中竜次なる人が契約した住居に住んでいるが、ずっと一人暮らしをしていること、病院には実費でかかっていることなどもわかりました。
しかし、この弁護士も探偵に調査を依頼していて、更に警察もその前に捜査しているものの、これ以上の事実は出てこなかったそうです。警察手帳も持たない新聞記者がどこまで調べられるのか…と思いながらも、同僚で共著者の伊藤さんと協力して、様々な角度から調べていきます。
そして出てきた、田中・沖宗千津子さんの素顔とは…。

私はいわゆる『ミステリー』が好きなのでよく読むんですが、そういう話ではだいたい警察が出てきてうまい具合に捜査してくれるし、主人公が警察官でない場合でも捜査の心得があったり、心得のある人のサポートがあったりするものです。先日読んだ『死にゆく者の祈り』は後者のパターンでした。

死にゆく者の祈り
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本書の中にも宮部みゆきの『火車』についての記述があります。『火車』は休職中の刑事が主人公なので、警察手帳が使えずに苦労します。著者の武田さんも伊藤さんも共同通信の記者さんなので警察手帳はもちろんないですし、捜査の心得を熟知しているわけでもなく、更に『マスコミ』ということで協力してくれない人もいるかもしれません。今回の調査でも大変だった様子が書かれていました。

田中千津子さんについて調査したかったのは、大まかに『身内がいるのかどうか』と『所持していた3400万円もの大金は一体なんなのか』という2点だったように思います。
そのうち、『身内がいるのかどうか』は、本当に地道な調査によって判明します。その過程も全て書かれていてものすごくおもしろく読ませてもらいました。私は探偵になったり人探しをする予定はありませんが、もしそんな状況になったらこの本を参考にさせてもらおうと思うくらいです。
ただ、もう1つの大金については、結局最後まで分からなかったんですよね…。この話はフィクションではないので、分からなかったということが却って生々しく感じられました。すべてが全て、物語のように解決するわけじゃないんだな…と教えられたような感じです。大金だけでなく他にもいろいろ疑問点が出てきていて、それも判明しない事が多かったんですが、『リアルな人間の人生』が垣間見られたような気がします。亡くなってから調べて、すべてわかることばかりじゃないですよね…。

ひとりの人の人生をたどることはこんなにも大変なことなのか、と驚きでいっぱいでした。自分はできれば死ぬ前にいろいろ片付けておこう…と改めて思います。
あとがきに書かれた最後の一文、それを読んで涙腺が崩壊しました。本当ですよね。長い時間寄り添ってきたから、すごく、すごくそばに感じられるのに…。
いろいろ考えさせられる一冊でした。

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さちこ

40代2児の母。2011年からフリーランスやってます。東京の東の方在住。
第一子が発達グレー男児で、彼が将来彼の妹に迷惑かけずに生きていけるよう、日々奮闘中です。

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