有栖川有栖さんの『火村英生に捧げる犯罪』を読みました。
有栖川さんの小説は『怪しい店』以来です。
今回もまた短編集でした。8個も入っているんですが、長さが結構バラバラでした。最初の『長い影』が一番長くて、Kindle 換算で62ページ分。次が一番最後の『雷雨の庭で』の59ページ分。一方で、『殺意と善意の顛末』と『偽りのペア』はともに7ページ分でした。
表紙は大きく『H』の文字が描かれたもの。『H』は火村もしくは英生の H ってことでいいんでしょうかね。
1つ目は『長い影』。郊外に住んでいる夫婦が、家の近くにある工場の方から歩いてくる人影を見るところから事件が始まります。工場は1年ほど前に閉鎖されていてなにもないはず。夫は足をけがしている為動けず妻に行かせるのも不安なので、元の持ち主に電話をかけました。その息子が工場を見に行くと、中で人が死んでいるのを発見します。
昔の呪縛、ですね。この話が掲載されたのが2004年とのこと、この頃はまだ凶悪犯罪にも時効があった時代でした。時効撤廃は2010年です。ただ、15年とかの長い期間バレずに過ごせたとして、自分がやった犯罪を忘れて行きていくことってできるのかな…とたまに想像します。いわゆる『良心の呵責』っていうものに苛まれて安眠できないんじゃないかな…と思いつつ、でも『出産』というしんどかったことも数年で忘れたしな…とも思います。自分の中でずっと改変して想像してたら、記憶が書き換えられちゃうこともあるのかな、とも。まー、実際に試してみるつもりはまったくないですけどねー。
しかし、警察って証言とかの管理が大変そうです。まさに『ミステリと言う勿れ』の第1話で整くんが言っていた「それなのにどうして その人が本当のことを言っていて 僕のほうがウソをついているって思えるんですか」ですよねー。警察だけでなく、個人でも発言の整合性について考えたことがありますが、結局のところ『誰に対しても嘘をつかない』っていうのが一番コスパと心の安寧をもたらしますね。話がずれましたけど。
2つ目は『鸚鵡返し』。火村先生が昔関わった殺人事件についてアリスさんに話している形式です。その殺人事件では現場にオウムがいて、「ハンニンハ、タカウラ」と声高に宣言していたそうです。実際に高浦という人物が周辺にいて、しかも被害者とも浅からぬ因縁の持ち主でした。さて、本当に高浦氏が犯人なのか?
これもまた、なかなかおもしろい展開でした。オウムなんてそこそこ珍しい鳥がまさか…という感じでしたね。しかも優秀なオウムだったようで。たしかに、策士策に溺れるという感じでした。
3つ目は『あるいは四風荘殺人事件』。これもなかなか奇妙な話でした。推理小説界の重鎮の遺稿が出てきたんですが、これが書きかけでした。その謎解きと犯人が誰なのかがわからず、詳細を伏せたうえで火村先生に謎を解いてもらおう…という話。
批判していた人物が実はそれについてとても関心を寄せていた、ということはよくありますね。あと、かなり大掛かりな仕掛けが出てくる推理小説もありますね。金田一だと『錬金術殺人事件』とか『薔薇十字館殺人事件』が浮かびました。『蝋人形城殺人事件』や『露西亜人形殺人事件』の方がニュアンスとしては近いかな。殺人する舞台をわざわざ作った、という感じで。
4つ目は『殺意と善意の顛末』。とある容疑者が黙秘を続けていますが、ある『決定的な証拠』を突きつけられたときに口を滑らせてしまいます。
これはいわゆる『秘密の暴露』ってやつなのかな? ちょっと違う? 金田一だと『速水玲香誘拐殺人事件』の犯人の言動が思い浮かびますが、話の短さとちょっとコミカルな感じが星新一さんの作品っぽいなと思いました。
5つ目は『偽りのペア』。こちらもとても短い話でした。でもこっちもショートショートみたいでおもしろい。
たしかに、昔『パノラマ写真』って流行りましたねー。実際にはフィルムの上下を隠しているだけ、なんでしたっけ。しくみを聞いて驚いた記憶があります。
6つ目は表題作でもある『火村英生に捧げる犯罪』。火村先生宛てに犯行予告の FAX が届きます。アリスさんの元にも変な電話が何度もかかってきます。それを気にしつつ過ごしていたところに殺人事件が発生します。
なかなかおもしろい展開だったので、短編だったのが悔やまれます。ただ、あとがきに『「~に捧げる犯罪」というタイトルは(中略)『いずれもガチガチの本格ミステリではなく、えてしてウィットや捻りを利かせた作品である』とありまして、そこで初めてそういう類似タイトルが他にもあるということを知りました。なるほど、それに則ったのであれば、短編で不思議な仕掛けがある内容にも納得がいきます。
7つ目は『殺風景な部屋』。殺害された被害者が残した『ダイイングメッセージ』の意味を、火村先生とアリスさんがゲームっぽく謎解きする話です。
ちゃんと身辺を探れば、時間がかかったとしても犯人は挙げられたんでしょうけど、『ダイイングメッセージ』にだけ注目していったところがおもしろかったです。殺された人の気持ちになって…なんでしょうけど、殺された人の気持ちに、できればなりたくないなぁ…。
最後は『雷雨の庭で』。ペアで活躍している放送作家がオンライン会議をしている最中、兵庫に住んでいる男性の放送作家の庭で人が死んでいました。被害者の男性は放送作家の隣人です。事件のあった日は雷雨の激しい日で、亡くなった男性は頭部を鈍器のようなもので殴られた形跡がありました。オンライン会議をしていた2人は、互いに数分席を立ったことはありましたが、放送作家の男性が土砂降りの中、被害者の男性を殴打して殺害する事件を起こせたようには思えません。どんな凶器で、誰が殺害したのでしょうか?
なかなかアクロバティックな殺害方法(?)で、ちょっとびっくりしました。そしておもしろかったのが、『動機』が確定しないまま終了したところです。金田一とかだと(この例ばっかりですが)犯人の動機、過去の話で数話消費することもあるので、動機に焦点が当たらないというのはなかなか新鮮な感じがします。
8個の中だと、『長い影』と『雷雨の庭で』がおもしろかったかな。なんだかんだで長めでストーリー性のある話が好きみたいですね。
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