久坂部羊さんの『悪医』を読みました。
久坂部先生の本は『廃用身』以来です。

この『悪医』、「余命を宣告されたらどう過ごすか」というのがテーマ、ということでいいんでしょうか。
本当に難しい問題だと思うんですが、小説でわかりやすく語られていて、興味深く読むことができました。
以前読んだ、久坂部先生の『人はどう死ぬのか』にも通じるところがあると思いました。

あっちはノンフィクション、こっちは小説ですが、共通するものが多かったです。
医師にとって患者はたくさんいるわけですが、患者にとって医師はその人一人だけ、ですからね…。
そして、最後の解説にも書いてありましたが、『無宗教』の人が多い日本人にとって、生殺与奪の権を持っている医師は、確かに『神にも等しい存在』になってしまいますね。
実際には『運』もかなりあると思いますし、医師だって万能ではないと思うんですけど、ものすごい衝撃を受けている患者にとっては、すがれる最後の人なわけですし。
『死の受容5段階』といえば、以前読んだ『レゾンデートル』でも扱われていた題材です。

医師にとっては『死』は日常茶飯事かもしれないですが、本人にとっては一大事です。
医師にとってはたくさんある症例の一つにすぎないですが、本人にとってはそれしかないわけですもんね。
医師が「もう治療はしないで、体を動かせるうちに好きなことをしたほうがいい」というのは、きっとその通りなんでしょうし、そうした方が本人にとってもいいとは思います。
でも、本人はそこからの奇跡を望んでしまうんですよね。
メディアなどで「がんが消滅した」みたいなものを見てしまうと、「自分にもそういう奇跡が起きるはず」と思ってしまう。
確率的には、ほぼ絶対に起きないんでしょうけど…。
本当に、難しい話だと思いました。
主人公の森川医師は、物語の最初でもう一人の主人公であるがん患者の小仲に対して「もう治療はしないで、~」と言ってしまいます。
それを、小仲さんは「突き放された」「死の宣告」と感じてしまい、セカンドオピニオン・民間療法などに走ってしまう、という流れです。
これはまぁ…わかるような気もします。
自分のことは『一般化』して考えられないんですよね。
本当に『奇跡』が起きるかもしれない、と思ってしまう。
患者のそんな気持ちに漬け込んで、高額の自費医療や怪しい民間療法がスルッと入り込んできてしまいます。
…それは、「治療法がない」と言われた患者にとって、天からの救いの手に見えるでしょうね。
今回に限っては、結局のところ効果はなく、いたずらに金がかかっただけでした。
でも、小仲さんが最後に書いた手紙を見ると、本人的にはそれなりに満足していたということなんでしょう。
小仲さんの場合は、見守ってくれる家族もいない状態でしたから、ある意味この先の生活をそんなに心配しなくていいという面もあったんだと思います。
そんな中で出会った「ヘラクレス会」。
会の名称の由来もおもしろかったです。
小仲さんが指摘した「自分たちが気持ちよくなるために、患者を利用しているだけ」というものは、すべてのボランティアに当てはまってしまうかもしれないですよね。
でも、よく言われることですが「やらない善よりやる偽善」、助けてもらって「ありがたい」と思う人がいるんだから、それは本当に素晴らしいことなんだと思います。
それで、やっているボランティアさん本人の気持ちも救われるのであれば、こんなに素晴らしいことはないんじゃないでしょうか。
結局のところ、小仲さんはこの会の人達に救われたわけで、最後にこの『ヘラクレス会』そして、『その心境』にたどり着けて、本当に良かったと思います。
小仲さんの今までの人生を見て、「ちょっと融通がきかなくて偏屈気味な人だったんだろうな」と思ってしまいましたが、最後の最後でこうやってちゃんと受け止められて、感謝して亡くなることができて、本当に良かったんでしょうね。
「小説だから」と言われればそれまでではありますが、森川医師がたまたま出演した番組を、小仲さんがたまたま目にすることができて、それによって書かれた手紙。
これは、森川医師にとっても一生の財産になったでしょうね。
本人に直接言うシーンはありませんでしたが、小仲さんはタイトル通り何度も「悪医」思い口に出してきました。
それでも結局は、森川医師が言ったとおりになってしまいました。
でも、言った本人の森川医師も、「これで良かったのか」とずっと自問していました。
本当に難しい問題だと思いましたし、いろんな人が一生かけて自分なりに解いていく問題なんだろうな、と思います。
お医者さんって、本当に大変な仕事ですね…。
尊敬と感謝でいっぱいです…。


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