太田愛さんの『彼らは世界にはなればなれに立っている』を読みました。
太田さんの小説は『未明の砦』以来です。

とても不思議な話でした。
解説にも書いてあったんですが、私もきっと『今』の話なんだろうなと思います。
世界のどこなのかもわからないし、どういう時制なのかもわからないし、その世界の経済なんかの仕組みもどうなってるのかわからない。
でも、なんか「こうなっちゃいけない」という『形』を提示されているみたいでした。
なのに、なんだかそちらに向かってしまいそうでとても怖いです。
物語は大きく4章に分かれていました。
今回の物語は、第1章が『トゥーレ』という少年、第2章が『マリ』という女性、第3章が『葉巻屋』と呼ばれるおじさん、そして、第4章が『魔術師』と呼ばれるおじいさんが主人公です。
それぞれ、自分が生きてきた時代のことを交えつつも、彼らの『現在』について話しています。
章と章のつなぎには、次の章の主人公が少しだけ出てきて『並走』している感じになるので、なんだか本当にリレーを見ているような気持ちになりました。
その4人以外にもキーパーソンとなる人たちは何人がいます。
まずはこの町の権力者である『伯爵』。
伯爵の養女であり、実質的な妻である『コンテッサ』。
伯爵の博物館の警備員をしている『怪力』。
トゥーレの幼なじみの『カイ』。
トゥーレのお母さんである『アレンカ』。
特にアレンカが印象的でした。
彼女は1章から4章まで全部の章に出てきているんですが、「彼女がどうやってここからいなくなったか」という情報がそれぞれの章に散らばっています。
それを得るタイミングで、アレンカに対してまったく違う印象を受けるのがおもしろいです。
ただ…その『内容』はまったく愉快なものではありません…。
アレンカはとてもかわいそうでとても不幸で、そして愛に溢れた人だったんだなと思いました。
トゥーレは、町の人間の父親と、外部から来て『羽虫』と言われる身分になっている母親との間に生まれた羽虫のハーフです。
羽虫は町の人間からいつも虐げられるので、トゥーレもいじめの対象にはなるんですが、表立ってはっきりといじめられているわけではないです。
普通に幸せに生きていくはずが、ある日をきっかけにそれがガラガラと崩れていきました。
トゥーレの母を思う気持ちと、無邪気な心が、不幸を呼んでしまったのかもしれません。
アレンカは船に乗って街から出て行き、トゥーレは進学せず、父親のあとを継ぎます。
街にある映画館で働いているマリは、小さい頃に怪我をした状態で連れてこられました。
そこから様々な困難を経て、今の映画館のもぎりに落ち着きました。
ただ、それは表向きです。
裏ではとてもつらい仕事をずっとさせられていてました。
ただ「雪が見たい」という願いが、最期に叶えられたのは、よかったのかもしれませんが。
そこではアレンカは、自分が着ていた美しいドレスをマリに渡し出て行きました。
マリはそのドレスを身にまとい、船まで出かけたことがありました。
葉巻屋の話では、コンテッサが暗躍していました。
「羽虫たちが幸せに暮らせる場所を作る」と、怪力を仲間に引き入れて頑張っていました。
でも、結局それも叶わず、道半ばにして殺されてしまいます。
ここで初めて、アレンカは街を出ていたのではなく、もうすでに殺されていたということがわかりました。
そして最後、魔術師。
不思議な力を持つ彼が、どういう紆余曲折を経てこの町にたどり着いたかが書かれていました。
ようやく、なぜアレンカは殺されなければいけなかったのか、どうして土に埋められていたのかが明らかになりました。
魔術師は不思議な力を持っていたので、最後でカイとトゥーレに会えたというのは、魔術師にとっても私にとっても良かったかもしれません。
先生が、出生する兵士たちを見て頭を抱えていたシーンは、以前読んだ三浦綾子さんの『銃口』を思い出しました。

伯爵はあれだけ傍若無人な振る舞いで、いろんな人から恨まれる人生を送り、暗殺計画まで作られて。
計画は失敗して殺されなかったにも関わらず、あっさり死んじゃうんだなーって。
なんだかちょっと悔しかったです。
結果論だってわかっていますが、「だったらコンテッサに殺されてもよかったのに」なんて思ってしまいましたね。
舞台となったこの町には、『選挙』がないそうです。
すべて伯爵やその周囲の人たちだけで決められ、それが下々までただ降りてくるという仕組みなんだそうです。
だから、この町の人達は、決められたことにただ従うしかありません。
…これからの日本の姿を見ているようで怖いです。
本書には「投票率が半分以下になったときに選挙がなくなった」と書かれていました。
半分以下の人しか投票に来ないような選挙は、やる意味がないからだそうです。
今の日本は、すでに30% ぐらいですかね。
本当に、カウントダウンですね。
高校の時の社会科の先生には「選挙にだけは必ず行け、白票だとしても行け」と何度も言われました。
うちは女子校だったので、『女性が参政権を得るまでのストーリー』的な流れで言われたのかもしれません。
でも、「女性が」ということに限らず、選挙はやっぱり行かなきゃいけないですね。
改めて思いました。
今のところ、私は多分皆勤賞なはずです。
これからも足腰が動くうちはちゃんと行きたいです。
正直、抽象的な思考があまりできていないからなのか、この物語をどのように解釈していいのか難しかったです。
私には理解できなかった部分が多いと思います。
ただ、若い子達はみんな死んでしまって、心のある大人たちはみんな町から出て行ってしまいました。
もう出がらしみたいなのしか残ってないこの町は、これからどうなるんでしょうか。
とても不安です。
そう読んでいくと、やっぱり日本の姿なのかな。
悲しいですね。
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