嘘と正典

読んだ本

小川哲さんの『嘘と正典』を読みました。

小川さんの小説は、以前『ゲームの王国』を読んだことがあります。
読んだのが2023年の1月ころだったのでこのブログには書いていないんですが、すごく怖かったのを覚えています。
ホラー小説ではないんですが、自分ではどうにもできないとても大きな力から逃れられなくて、本当に怖かったです。
以前津谷一さんの『結界』を読んだときにも、同じようなことを感じました。

結界
津谷一さんの『結界』を読み終えました。いやー、すごかった。本当におもしろかった。ページを進ませるのがとても怖かったです。ホラー小説ではないんですが、誰が味方で誰が敵かがわからない。次の瞬間誰が死ぬのかがわからない。一章終わるたびに「死ななか...

今回の『嘘と正典』は短編集で、6つの話が入っていました。
短いながらもぐっと来る話ばかりでした。
この『嘘と正典』で直木賞ノミネート、その後の『地図と拳』で直木賞を受賞されています。
『地図と拳』も読みたいですねー。

1つ目は『魔術師』。
なんだか物悲しい話でした。
マジシャンとして破天荒な生き方しかできない父と、そんな父を嫌っているにも関わらず後を追いかけずにはいられない姉。
母と弟は『現実』を生きていて、その破天荒な2人を見守っている、みたいな構図でした。
マジシャンの父が公演中に消えてしまい、そこからずっと行方がわからない状態が続いています。
演目は『タイムマシン』。
姉は、父が最後に演じたマジックのトリックを見破るのに躍起になって、父と同じ『タイムマシン』のマジックを演じます。
それが今からの片道切符であることを知っているはずなのに、目の前でそうされても決定的に強くは止められない弟。
なんか、全体的に物悲しい感じでした。
機能不全家族という感じなんでしょうか?
『タイムマシン』のマジックの種明かしは語られずに終わってしまうんですが…。
ポイントが『マジック団結成』と『映画化』の2つしかないなら、『両方が成功したパターン』『片方が成功したパターン』『両方失敗したパターン』を全部録画して、最後のを採用したんだと思いたい。
準備は19年前だとしても、現代の映像技術だったら、あらかじめ録画しておいたものと現在のものを合成して…とか、本当にダメですか?
あと、まさかこのために『わざと』失敗したなんて思いたくない…。
そんな、いろんな人の人生まで狂わせるようなことしないで欲しいなって思ってしまいます…。
そして、最後は失踪…。
成功でも失敗でもいいから、帰ってきてほしいって、家族は思っていると思うんですけどね…。
不完全燃焼なはずなのに、なんだか忘れられなくなります。

2つ目は『ひとすじの光』。
今度は打って変わって、見えざる親子の絆的な話でした。
生前の父とはあまり分かり合えなかった作家の男性が、父が残した競走馬とその血統に関する論文を読んで、父との絆を確認するみたいな感じの話です。
ここに出てきた『スペシャルウィーク』というお馬さんですが、本当に実在する競走馬なんですね。
うちの夫は競馬が好きなんですが、聞いたところ「武豊が初めて重賞勝った馬」と言われたので、さすがだなぁと思いました(笑)。
ただ、同様に出てきている『メグロ』や『レティシア』は知らないとのこと。
…DQ8 でラスボスに戦う時に乗る『レティス』、それを崇拝する人達が住む村が『レティシア』だよ。
『おおぞらに戦う』は名曲だからね。
…はい、すみません。
馬のことは全然わからないんですが、『完璧な競走馬』を育成するために世界中を駆け回り、ものすごい努力の結果生まれた馬があまり走らなかった、となったらがっかりもしますよね…。
かといってそれは仕方ないことだし、一方でその血を絶やさないように一生懸命守っていくのも一つの仕事なんだなって改めて思いました。
自分の『血統』についてもなんだか知ることができたみたいで、スランプだった作家の男性は少し『光』が見えたようですね。
ちょっとジーンとする話だった。
正直、競馬のことはあまりわからないですし、これからも多分わからないままだと思うんですが、それでも競馬に熱狂する人の気持ちは少しだけわかったかなと思いました。

3つ目は『時の扉』。
私の年代だと、有名なあの歌を思い出してしまいそうなタイトルですが、そんな平和なもんじゃなかっです…。
はじめ、なんだかよくわからないシチュエーションなんですが、話が進んでいくと最後ゾッとする感じで終わります。
最初に語り手の人が「自分の名前を最後に教えることが、この物語の最後だ」と言っていたので、名前が重要になるだろうな、とは思っていました。
2つの話が並行して語られていて、その2つが混じり合ったところで強烈なアハ体験みたいな感じを味わいましたね…。
何らかの特殊な力を使い、いろんなものをねじ曲げて手に入れてしまったものっていうのは、結局いびつなものなので、こうやって最後にはいびつなの方法で取り上げられてしまう、みたいな。
そういう教訓めいた話でもありますね…。
「親切にしてくれた人に仇で返したから、それが巡り巡ってきた」っていう感じでもあります。
まぁ、「じゃあどうすればよかったのか?」って考えたら…最初の女性のことは普通に諦めればよかったんだろうな…という感じでしょうか。
まぁ、それが普通ですからね…。
難しいところではあるかも知れませんが。
誰しもそんな力があったら、そう使ってしまうかもしれませんよね…。

4つ目は『ムジカ・ムンダーナ』。
すぐに、FF5 の『ムジカ・マキーナ』を思い出しました。
『ムジカ・ムンダーナ』はラテン語で『世界の音楽』という意味らしいです。
『ルテア族』というのはググっても出てこなかったです。
音楽が通貨だというのはなかなか突飛な発想だけど、おもしろいですね。
この話も、前の『ひとすじの光』と同じような感じで、反目しあっていた父との絆が描かれていました。
ただ、この父親がやっていたのは、多分『教育虐待』と言えるようなレベルだったので、まあそれで嫌になっちゃったっていうのはかわいそうだなと思います。
でもまぁ、結果として音楽に携わるような仕事をしていたわけなので、教育の効果ががゼロだったわけではないんでしょうけどね…。
もうちょっと違うように接してもらっていたら、せっかくの音楽の才能をもっと活かせるような人生だったかもしれないですね。
まぁ、それはそれで、今のままでいいのかもしれないですけど。
『宇宙』と自分の名前が同じだっていうこととか、いおいろ繋がっていくところはありますが、結局のところ死んだ後にそんなことがわかってもね…って思ってしまいます…。
やっぱり、できるなら生きてるうちに仲良くしとかないと、ですね。

5つ目は『最後の不良』。
なんだかぐるぐる回ってるような話でした。
流行を消滅させて、自分が好きなことをできるようになった世界って、ひょっとして『今』なんじゃないのかな、と読みながら思いました。
私自身が洋服の流行とかそういうものにまったく関心がなくなってしまってから、もう何年経つかなーという感じです。
自分が着心地が良くて、他人に嫌だなと思われない程度の小綺麗さをしていれば、もはや何でもいいんじゃないかな、という境地になっています。
そういう意味では、私にとって今はとっても生きやすいです。
お金も大して使わないし。
でも、雑誌の仕事をしている人とか、そういう流行の感度が高い人にとっては、苦痛な世界なんだろうなーとぼんやり思いました。
「自分がやりたいこと、気にしないでやればいいじゃん」と思いますが、まぁそうも言ってられないんだろうなーって。
結局編集長も MLS の会員だったという、なかなかおもしろいオチがついて。
主人公の彼は、結局これからどうするんでしょうねー。
先に仕事辞めた同僚は、辞めたことを後悔してるみたいだし、もういっそのことを3人で仲良くして、また雑誌でも立ち上げればいいんじゃないですかねー。
多様化しすぎていて流行的なものがあまりなくなっている今と、意図的に流行を排除していった世界とでは本質的に違うのかなとも思いますが、完全に流行がなくなったらそれはそれで寂しいかもしれないですね。

最後は表題作『嘘と正典』。
これを読み終えて、ようやく表紙のサンタみたいなおじさんが、マルクスかエンゲルスのどちらかなんだろうと気づきました。
検索したところ、マルクスでした。
…まぁ、私なんてこんなレベルです。
社会は嫌いだったので、ちゃんと受けてなくてすみません。
『マルクス』『エンゲルス』と言ったら、最近だと「ニーアか…」というレベルです。

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なんかすごくおもしろかったんですが、同時に虚しい気持ちにもなりました。
「過去に向けてメッセージを送れる」っていう機能、なかなか気づけないでしょうね。
「それを中継する人もいる」っていうのがおもしろいんですが、何が『正典』なのかっていうのは人によって違いますよね…。
「起きたことが全て正しい」って考えれば、過去を変えるその行動こそがいけないことなんでしょうから、それが阻止されるっていうのはわかるような気もします。
私は『共産主義』とか『社会主義』とかのことはよく知らないし、難しい問題だなと思って思考を停止してしまうんですが。
まぁ、それを親の仇ように憎く思っている人たちにとっては、確かにマルクスとエンゲルスが結びつかなかったら生まれなかった共産主義が、『生まれない世界』が作れるかもしれないと思ったら、それは飛びつくだろうな、と。
しかも、それを託した相手がよりによって…というのは、偶然なのか必然なのか。
…必然なんだろうな。
難しいです。
『ゲームの王国」もうすごくおもしろかったんですが、読んでて難しかったところがたくさんありました。
しかも、今回の『嘘と正典』と同じ『共産主義』を題材として扱っていました。
この後、彼は拷問されて殺されちゃったのかなと思うと…悲しいです。
みんなが平和に暮らせる世の中ってないんですかね。

余談なんですが、著者の小川さんってご結婚されてるらしくって。
しかも、相手が山本さほさん!
Wikipedia で読んでびっくりしました。
山本さほさんといえば、ファミ通で『無慈悲な8bit』を連載してる方です。
本当にびっくり。
どうやってお二人が出会ったのか、とてもとても興味があります(笑)。

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さちこ

40代2児の母。2011年からフリーランスやってます。東京の東の方在住。
第一子が発達グレー男児で、彼が将来彼の妹に迷惑かけずに生きていけるよう、日々奮闘中です。

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