道尾秀介さんの『N』を読みました。
道尾さんの小説は『シャドウ』以来です。

私、この本についてまったく知らなくて。
ネットで調べたらかなり盛り上がっていたのでびっくりしました。
確かに、いろいろとすごい仕掛けですね…。
「表紙がトランプみたいだな」と思ったのは、章ごとに上下が入れ替わって入っているからなんですねー…。
私は Audible で聞いたのでなんとも思わなかったんですが、実際に本を買って上下逆さまに入っていたら、乱丁かと思ってびっくりしたと思います。
6つの短編が入っていて、どれも一応1話完結っぽい感じです。
なので、どの順番で読んでも楽しめる、と。
しかも、前後の順番で話の感じ方が変わってくるとのこと。
6P6 = 6! = 6×5×4×3×2×1 = 720 で、720通りの楽しみ方がある、という触れ込みでした。
道尾さんはこの手の仕掛けを施した小説、たくさん出されてますよね。
今回も、さすがに720通りはどうかな、とは思いますが、1通り読み終えてすぐに2周目に突入しました。
私としては、読了直後にもう1回読み直したのは『ハサミ男』以来でした。

私は2周とも、なんのひねりもなく本の順番通りに読みました。
間を置かずに2回読んだので、さすがに内容はほぼ覚えていました。
以下はすべて2周目を読み終えたあとの感想です。
1つ目の『名のない毒液と花』。
吉岡夫妻はまだ新婚なのに、結果としてすごくかわいそうなことになってしまいました。
誰が悪いわけじゃない、です。
まぁ、しいて言えばルークの飼い主たちなのかな。
それだって、こういう結末にしようと画策してやったわけじゃないし、利香さんだってこんな結末になるとは予想してなかったことでしょう。
1周目に読んだときは「即死だったって言ってたのに、なんでまだいるんだろう? なんか霊的なもの? それとも奇跡的に助かった?」と思っていましたが、それは最終章を聞いてようやく理解できました。
『吉岡』の名前を引き継いだルーク。
彼も怪我をしてしまったみたいだけど、江添曰く「不満もたらさずにちゃんと毎日生きている」。
利香さんの罪悪感を消すために、彼女にお金を振り込み続けるという江添の行動は、4章の錦茂さんの行動にちょっと繋がるなと思いました。
まぁ、元はといえば、その錦茂さんのせいで江添はこんな性格になってしまった、と言えなくもないんですけどねー…。
ここでこんな風になった和真くんが、その後ちゃんと自分の足で歩いていると知ったときは嬉しくなりました。
各章の話が複雑に絡み合ってるから、ちゃんと全部追いきれてるかどうかはまったく自信ないですが、最初に読んだときとはやっぱり印象は違いました。
初めは「あ、そうなんだ」と流してしまいそうな物語でしたが、「ここにこんな伏線っぽいものがあったんだな」と気づくこともありました。
…最後にちょっとだけ出てくる野球少年は、次の普哉くんのことなのか、お兄ちゃんのことなのか。
どっちなんでしょうか。
2つ目は『落ちない魔球と鳥』。
『ヨウム』、ネットで検索してみたけど、思ったよりもなんか可愛くってびっくりしました。
勝手に、もっとおどろおどろしい感じかと思っていました。
1周目に読んだときは普通に「へー、お兄ちゃんいるんだな、『タッチ』みたいだな」なんて思いましたが…。
ずっと『隠されていた』から、錦茂さんの言動と普哉くんの心情があまりマッチしてないことがわかって、急に悲しくなりました。
お兄ちゃんは、本当に突発的だったんでしょうね…。。
普哉くんが言ってたみたいに、SNS にたくさん励ましの言葉が書かれていたにもかかわらず、たった一通の DM で命を絶ってしまうこともあるんですね。
言葉って本当怖いなって思います。
「お父さん、お母さんももう笑わなくなってしまった」とありましたが、まぁそれは仕方ないかもしれません。
とはいえ、普哉くんに対しても残酷なことをしてるんだって、早く気づいてほしいなと思います。
あと、錦茂さんが海に咲いた花を見てあんなに感動してたわけが、後になってわかるのがおもしろかったですね。
3つ目は『笑わない少女の死』。
この話は、ネットでもいろんなところに書かれていましたが、一番感じ方が変わる話でしょうね…。
はじめに読んだときは正直全然意味がわかりませんでした。
オリアナが発した「Horrible」=「怖い」(ホリブル)という言葉、おばさんの態度、新間先生が L と R を聞き分けられないということ。
それぞれがそれぞれを補強し合って、この結末につながってしまっいました。
ちょっと愕然としましたね…。
「Horrible」ではなく、「Holy blue」、ホーリーブルー、ルリシジミのこと。
おばさんとの関係は、確かに以前は悪かったけど、今はわだかまりもなく普通に暮らせていたということ。
新間先生が箱を開けて、オリアナがこっちに来ないかを確認したちょっとした隙に、ちょうちょが逃げてしまったということ。
それに気づけないと本当に意味が分からないなと思いました。
…確かに、オリアナを殺したのは新間先生だと言っても…過言じゃないのかもしれないですね。
もちろんわざとやったわけではないし、「怖い」って言われて彼女の身を案じた新間先生の優しさもわかりますが、これは辛い結果ですね…。
コナンの『Shine』を思い出させるような仕掛けでした。
まあ、新間先生は覚悟を決めて、死ぬまで抱えていく十字架にするしかないですね…。
「ちょっと検索」とかしなければ、そんなことを知らずに過ごせたかもしれないけど、でもしちゃったんですからもう仕方ないです。
オリアナが「あなた(新間先生)と同じような英語を話す人がいる」といっていた人が和真くんだって知ったら、新間先生はどんな顔をするでしょうね。
4つ目は『飛べない雄蜂の嘘』。
イチジクの蜂の話が純粋におもしろかったです。
以前読んだ『生き物の死にざま』に出てきそうな内容だなと思いました。

この雄蜂のことを考えると、すごく切ない気持ちになります。
この章の主人公、後に名前がわかるチエさんと錦茂さんの2人は、もう交わることがない線としてこのまま生涯を終える感じなんでしょうか。
それもまぁ、ありなのかもしれませんが。
お互い、再会したら辛くなるだけかもしれないですね。
でも、錦茂さんには「チエさんがずっとあなたのことを想っていたよ」と知らせてあげたい気持ちもあります。
それにしても、チエさんと田坂の出会いが偶然だったから、あとちょっと何かが違ってたらこんな辛い目には遭わなかったんだろうなと考えてしまいます。
田坂みたいな男は、残念ながら一定数存在するんでしょうね。
それこそ、どうやればこういう被害に遭わなくて済むのか教えてほしいです。
怖い。
5個目は『消えない硝子の星』。
前章の主人公であるチエさんの名前がここでようやく出てきます。
しかもアイルランドまで行って、ルリシジミのことをホリーに伝えた人だったというのが、またおもしろかったですね。
江添や錦茂さんが住んでいる町とダブリンとは、姉妹都市だったりするとか?
渡航する人多くないですか…。
みんな、地形が似てるから惹かれて行くんでしょうか。
和真くんがちゃんと自分の足で歩いて、しかも医療に携わっているというのは、なんだか励みになるなと思います。
でも、この後にオリアナが死んでしまうことを知っているので、虚しい気持ちや悲しみもありますね…。
しかも、この段階ではステラ伯母さんとは全然うまくいってなくて。
伯母さんの鬱屈した気持ち、何もうまくいかないという気持ちもわかるような気がして、とてもやりきれないです。
でもまぁ、和真くんという緩衝材が入ったことで、姪と伯母の気持ちもほぐれて。
お母さんは死んでしまったけど、それでも2人で生きて行くという決意を抱けるまでになりました。
あぁ、よかったな、と。
ここで話が終わっていれば、ね…。
最後、6つ目は『眠らない刑事と犬』。
江添が『具体的に思い浮かべていた人』って、利香さんだったりするのかな…。
それとも、吉岡のことを思い浮かべてたのかな。
彼もずっと罪の意識に苛まれているようですね。
解放してあげたいような、そのままでいてほしいような、複雑な気持ちになります。
1周目に聞いたときは、『容疑者』の引きこもりについて何も思わなかったんですが、2回目のときは自分の息子だってわかってたし、「あー証拠を隠そうとしてるな」ってわかっておもしろいです。
「息子を信用できなかったのが悪い」みたいな感じですけど…それはこんな状況だったら普通じゃないかな…。
私も疑っちゃうと思います。
ただ、本人になんとかして、直接確かめられたらよかったかもしれないですけど…。
まぁ、そんなのは『タラレバ』ですね。
息子との仲が、回復するといいですけど。
720通りはちょっと…ですが、誰かに勧めるとしたら少なくとも2周はしてほしいです。
しかも、1周目を終えてあまり間を置かずに。
やっぱり、新間先生とオリアナの『笑わない少女の死』が、心にシミのようにずっと残る感じがします。
さすがの仕掛けでした。
おもしろかったです。
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