宮部みゆきさんの『火車』を読みました。
宮部さんの小説は『色違いのトランプ』以来です。
先日、東野圭吾さんの『容疑者 X の献身』を読み、「20年近く前に読んだなぁ」と懐かしく思いました。
そして、やっぱりいいものはいい、それを改めて感じました。
そうしたら、20年前にたくさん読んでいた宮部さんの小説、急に読みたくなったんですね。
でも! 全然 Kindle で売ってないじゃないですか!
本当にびっくりしました。
売っているのは時代小説ばっかりで。
私、ちょっと妖怪とかそういうのが苦手なもので、時代小説ってあんまり読まないんです。
なので、困りました。
で、思い出したのが Audible。
見たら、結構あるじゃないですか!
ちょうど Audible から割引のオファーが届いていたので、飛びつきました。
ということで、ここからしばらくは Audible 漬けになりそうです。
『火車』も Audible です。
ナレーターは三浦友和さんです。
20年ぶりぐらいの再読でした。
改めて読んで、やっぱりすごい小説だなと思いましたね…。
前回読んだ時は、会社に本間さんという人がいたので、本間刑事のことをその本間さんで想像してたんですが、今回のは三浦友和さんがナレーターをしていたので、三浦さんで想像していました。
数年前に上川隆也さんが本間刑事役をやっていたのも、合わせて思い出しつつ読んでいました。
まず、本間さんが葛飾の金町に住んでるというので、ものすごく親近感を覚えましたね…。
あー、結構近いな、と。
亀有や水元公園なんかも出てきたし、ちょっとドキドキしました。
あと、途中で喬子が、自分の父親が生きているのか死んでいるのかを確認するために、行旅死亡人のページを繰るというシーンがありました。
そこで『行旅死亡人』という言葉って出てきてるんだなって思いましたね…。
前回『火車』を読んだ時には読み流していたってことですね。
以前読んだ『ある行旅死亡人の物語』で初めて触れた言葉ではなかったんだな思いました。
やっぱりそういうことって、意識してからじゃないと引っかからないんだなと実感しましたね。
あと、もちろん喬子は彰子を(多分)殺してしまったんですが、本当に本当にダメなことですが、でも彼女はこうする以外になにか方法はなかったのかな…? って。
喬子はそんなに『極悪な女性』という感じではなかったのに。
親に恵まれなかっただけなのに、なんでこんなに転落した人生を歩まされなければいけなかったのかなってすごく悲しくなりました。
彼女、真面目に生きてただけなのに、本当にやるせない気持ちになりました。
今であれば、もう少し行政の救済措置などもあるだろうなと。
それから倉田。
「お前がもっとちゃんと喬子を守っていれば、こんな大事件には発展しなかったかも知れないのに!」という気持ちがありますね…。
なーにが「鬼女みたい」だよ!
自分の甲斐性なし棚に上げて!
あと、本間さんの捜査手法も、今だったらインターネットとかで結構簡単に調べられることもあるなと思いながら読んでいました。
そういう時代を感じるというのもなかなかおもしろい経験でしたね。
住宅展示場の写真から大阪球場にたどり着くシーン、「これだこれ!」と思いながら読みました。
これが、『ダリの繭』にも出てきた球場ですね!
…やっぱり、最後に保が喬子の肩に手を置くシーンにはゾクゾクしましたね…。
本当に、1回も喬子に話の主導権が渡っていないのに。
こんなにもこんなにも彼女のことをずっと思い続けて追い続けるっていうのが、何か不思議な感じがして、やっぱり唯一無二な小説だなと改めて思いました。
『理由』もまぁ嫌いではないんですが、やっぱりこっちの『火車』で直木賞取ってほしかったですね…。
喬子が本間刑事に会ったあと、それからどうなるんでしょうかね。
長い長い取り調べの日々が続くんでしょうけど。
はっきりしているのは、彰子に対する殺人? でも、死体はまだ出ていない。
こずえの姉の殺人? 状況証拠しかない?
それ以外にもなにか『やった』可能性はある?
ただの普通の女の子だったのに。
親がろくでもなかっただけなのに、どうしてこんな人生になってしまったんでしょうかね。
『親ガチャ』なんて言葉だけじゃすくい取れないです。
途中で、もっと彼女を支えてくれる人、もちろん男性じゃなくてもいいんですけど、そういう人に巡り会えなかったのが、不幸だったのかな…。
とてもやるせない気持ちでいっぱいです。
犯罪を犯すも侵さないも紙一重。
『絶叫』のときも思いましたが、最近よく考えます。
改めて、本当におもしろい小説だなと思いました。
Audible で読みましたけど、Kindle でも出してくれないかなー。
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