存在のすべてを

読んだ本

塩田武士さんの『存在のすべてを』を読みました。
塩田さんの小説は『罪の声』以来です。

罪の声
塩田武士さんの『罪の声』を読みました。 この小説、2年ほど前に映画が公開になったときに買って読んだんですね。その時もめちゃくちゃ泣いたのを覚えています。で、先日『リボルバー』を読んだときにこの『罪の声』のことを思い出したので、もう1回読んで

『罪の声』がすごく良かったので、今回もドキドキしながら読みました。
恥ずかしながら前情報はまったく知らず、『本屋大賞ノミネート作』だったことも知りませんでした。

『神奈川二児同時誘拐事件』から30年経って、ある一人の新進気鋭の画家がその被害児だったという報道が流れます。
そこからすべてが始まるんですが、ものすごい濁流に揉まれてこんなところにたどり着いたのか、という感じがありました。 

まぁ、どんな世界にも悪い人っていうのは存在していて、その悪い人が自分の家族だった場合、家族にしわ寄せがきて大変な目に遭わされますね…。
本当、そういうこととってたくさんあるなと思いました。
でも今回の場合、そのしわ寄せの中にも少しだけいいことがあって、それがきっと亮くんとの出会いだったんだろうなって思いました。
それはきっと亮くんにとっても同じで。
毎日叩かれて、変なもの食べさせられて、寒いところでほっとかれて、辛い目にずっと遭ってきて。
でも、犯罪に巻き込まれて連れてこられた場所ですごく大切にしてもらえて、きっと本当に幸せだったろうって思います。
しかも、自分を大事にしてくれた人が自分と同じように絵が好きな人で、たくさん絵の話ができて、いろんなことを教えてもらえて、3年間も大切に育てられました。
帰りたくないって、そりゃそうですよね…。
はじめ、「3年後に被害者の男児が帰ってきた」というところを見て、この子の3年間はどんなにか辛い日々だっただろうと思ってしまったけど、全然そんなことはなかったんですね。
幸せな日々で本当によかった。

ただ、一緒にいた優美さんの心労は本当に大きかっただろうな、と。
普通の子供が夜中に熱を出したりするのだって大変だって思うのに、病院に連れて行けない、誰にも相談できない、予防接種も打ってない、そして学校にも行かせられない。
そんな気持ちでこの3年間過ごしたのは、本当に辛かっただろうと思います。
そんなこと続けちゃいけない、この子を返さなきゃいけない、でも返したくない。
夜ゆっくり寝られることもなかったんでしょうね…。
だから、彼女が最後に『そこ』にたどり着けたのは、本当に良かったと思いました。
一番最後、門の方に歩いて行く描写で終わっていますが、ここからどこかに行ってしまうわけじゃ…ないよね…?
どれくらいの期間いたのかわからないし、これからどうなるかもわかりませんが、もう少しだけ一緒にいてもいいんじゃないかな、と思うんですが…。 

私は『金田一少年の事件簿』が大好きなんですが、その中に『怪盗紳士の殺人』という話があります。
その話の中で、とある登場人物が「この業界(美術業界)はな」「コネがなきゃ、めったなコトじゃ世に出れんのだ!」というシーンがあります。
高校生くらいだった私はあまり理解できず、「そんなもんなの?」とずっと不思議に思っていたんですが、こういうことだったんですね…。
その後、同じ人物のセリフに「画家なんて世渡り上手なら、才能はそこそこでも出世できるんだよ!」ともありましたけど、この小説の中にはまさにそういうエピソードが描かれていました。
まぁ、古くからある業界はどこもそうなのかもしれないですけど…。
ピアノだったりバレエだったり、日本舞踊とかもいろいろ大変だって聞きますが…。
なんだか悲しいですね。
絵が好きで、絵に人生を捧げたいと思ってその道に進んできたのに、どうしてそんな政治みたいなことをしなきゃいけないんでしょうね…。
そりゃ、最低限の人間関係は必要だと思いますが、お金をばらまき道路で土下座までしなきゃいけないのか、という話ですよ。
今の SNS 時代っていうのは、そういう人たちにとっては良かったんでしょうねー。
もちろん、SNS の悪い面もたくさんありますけど。 

作中には『トキ美術館』という写実画がたくさん展示されている美術館が出てきます。
実際に千葉にある『ホキ美術館』がモデルのようで、本当に写実の絵がたくさん飾ってあるところみたいです。
Google マップで見ただけですが、建物の外観も素敵な感じでした。
行くにはうちから1時間半以上かかるみたいなんですが…いつか行ってみたいです。 
『写実絵画』と『写真』の違いについても興味深かかったです。
『ピント』の違い、ですか…。
確かに写真はピントが1点合っていますが、絵画は画家からの見た世界だから全てにピントを合わせることができる、と。
なるほどー!
「写真でいいじゃん」って、私も思ったことがありますが、ものすごく納得できました。 

亮くんが祖父母の家に戻ってきて生活し、中学校で土屋さんと会って、楽しい高校生活を送りました。土屋さんとは、そこからしばらくぶりの再会でした。
また再会できたのは、亮くんにとっても彼女にとっても本当に良かったです。
この先、2人が幸せになるかどうかはわかりませんが、互いの良き理解者とくれるといいなと思います。

…にしても、あんな大それた犯罪を行った『兄』はどうなったんですかね?
ちゃんと報いを受けてほしいなと思います。
本当にたくさんの人の人生を壊しました。
亮くんや貴彦さんたちだけじゃなく、その周りの人たち、警察の人たち、記者の人たち。
あと…私の聞き間違い(Audible なので)でなければ、二児同時誘拐のもう片方の子… 、この子の人生をも破壊しましたよね…。
本当に罪深いです。

この『二児同時誘拐』というアイデア、不謹慎ながら本当にすごいなと思いました。
実際にあったことなんでしょうか?
検索すると『飯塚事件』というのがヒットするんですが、内容を読むとこれはちょっと毛色が違うような気がします。
検索結果の中には塩田さんのインタビューも表示されていて、その中に二児同時誘拐の『アイデア』を編集者に聞いてもらったときのエピソードが書かれていました。

「笑わんと聞いてほしい。二児同時誘拐ってどう?」 塩田武士氏の小説が走り出した瞬間 | AERA dot. (アエラドット)
情熱を失った新聞記者が再び「書きたい」と奮い立つ題材に出会うという出発点はデビュー作『盤上のアルファ』(二〇一一年)、子供たちの未来を奪う犯罪への憤りという点では代表作として知られる社会派ミステリ…

これを見る限り、塩田さんのオリジナルだと思っていい、ってことでしょうか?
片方で陽動しておいて、そちらに戦力が集中されたときを見計らって本命を起こして、そちらから金をかっさらっていく。
その発想は、少なくても私の中には全然なかったですね…。
『誘拐事件』のコロンブスの卵的発想というか、トロッコ問題のの答えを教えてもらったような感じがありました。
…もちろん誘拐事件自体がやってはいけないことですし、これからやる予定もないですし、絶対に起きてほしくないですけども。 

『殺人』などと『誘拐』というのが、そのリアルタイム性において全然違うという考えも、なるほどなと思いました。
確かに誘拐は、一挙手一投足がその後に全部響いてきて、そこから成功も失敗も導き出されてしまいますね。
本当に重い責任が降りかかります。
「立てこもりは練習をすればするほど力になっていく気がするけど、誘拐はどんどん不安になる」というようなフレーズがありましたが、それもなるほどなとうなりました。
ここ最近ずっと犯罪小説ばっかり読んでいるからなんでしょうが、理不尽な犯罪は本当に起きないで欲しいなと思いますね…。 

タイトルの『存在のすべてを』とはなんなのかを考えました。
『存在のすべてを』に続く言葉が、何かあるのかなと。
「存在のすべてをよく見て、観察してありのままを書き写す」ということ。
亮くんが貴彦さんからもらった金言、宝物だと思います。
「自分という、存在のすべてを愛してくれる」ということ。
亮くんが優美さんからもらった愛情でした。

願わくは、貴彦さんがどうか幸せに生きていますように。

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さちこ

40代2児の母。2011年からフリーランスやってます。東京の東の方在住。
第一子が発達グレー男児で、彼が将来彼の妹に迷惑かけずに生きていけるよう、日々奮闘中です。

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